折原一『黙の部屋』

黙の部屋

黙の部屋

美術誌の編集をしている水島は、ある画廊で「夜光時計」という絵を見た瞬間、「わたしを買って」と呼びかけられたような錯覚に陥った。それだけ魅力的な絵だった。作者は「石田黙」とあるが、業界に身をおく彼も全く知らない名前だった。「美術年鑑」などで調べてみても、そんな画家は載っていない。だがネットオークションを見てみると、時々石田黙の絵が出品されているではないか。石田黙とは一体何者なのか、その全貌を求めて、水島はオークションに参加した。ところが、彼の野望を阻止しようとする入札者が現れたのだ――俺はどこかに閉じ込められていた。目の前には覆面を被った男がいた。男は言った、「描け、描くんだ、お前は石田黙だ、黙は「沈黙」の黙」そうだ、俺は画家なのだ。このキャンバスにただひたすらに描くのだ。俺は石田黙だ――。
40点以上に及ぶ、著者所有の石田黙の絵画を織り込んだ作品。その絵を見ているだけでも充分楽しめるのだが、内容は今までよりは若干トンデモ度が減っているか。とはいっても、「覆面男」が出てきたり、登場人物がストーカー的行動を取ってみたりと、やはりいつもの妙な作品世界なのだが。編集者の水島が絵画に取り付かれてオークションなどに夢中になっていく様は、著者本人の思考にかなり近いものと思われる。石田黙は実在の画家だし、エピソードも一部事実が含まれているそうなので、どこからがフィクションなのかが判り難いところもミソ。毎度おなじみの折原流トリックもあるが、さほど複雑にはなっていない。トリッキーなミステリというよりは、美術ミステリとして楽しむべきだろう。作者の意図も「石田黙という画家を知ってもらうこと」にあるような気がする。