桜庭一樹『荒野の恋 第一部』

荒野の恋〈第1部〉catch the tail (ファミ通文庫)

荒野の恋〈第1部〉catch the tail (ファミ通文庫)

山野内荒野は今日から中学生だ。通学電車に乗っていて、席に座ろうと思ったのに、誰かが後ろを引っ張っていて動けない。セーラー服がドアに挟まっているのだ。もがいていると、ホックが外れ、タイが脱げてしまった。恥ずかしがっていると、車内で立っていた少年と目があった。タイを拾ってくれた。お礼を言う前に、電車を降りて行った。読んでいた本が五木寛之の『青年は荒野をめざす』だった。彼も同じ学校の一年生だった。しかも、同じクラスにいた。荒野に冷たい視線を浴びせた。神無月悠也との出会いだった。荒野、12歳の春である――。
今最も旬なラノベ作家、桜庭一樹が放つ「少女恋愛小説」三部作の第一部。確かに巧い描写が多くて、少女の気持ちを見事に表現した小説だ。性愛小説家の父親と、その家政婦や担当編集者、そして新しい「お母さん」など、それぞれに荒野の視線から見たキャラが立っていて面白い。恋愛小説としても、例えば「おじさん」には絶対に書けないもので、なんか懐かしいというか、こそばゆい。あだち充や「きまぐれオレンジロード」とかを読んでいた頃を思い出す。こういう時期をもう一度体感したいなあ、という人にも格好のテキストだろう。ただ、世間的に騒がれているほどすごい小説だとは思わなくて、少女小説としては普通ではないかなあ、という気もする。まあそんなに少女小説を読んでいるわけでもないので何とも言えないところ。第二部以降の展開を待ってみたい。