伊坂幸太郎『魔王』

魔王

魔王

衆議院が解散し、衆参同日選挙が決定した。野党・未来党の党首・犬養の人気がその若さとカリスマ性で高まっていた。その頃俺は、自分の持つ「力」に気付き始めていた。地下鉄で老人の目の前で平然と座席を占拠している若者が座っていたとき、俺はその老人の気持ちになって「偉そうに座ってんじゃねえぞ」と心で叫んだ。その瞬間、当の老人が若者に「偉そうに座ってんじゃねえぞ」と、俺が念じたのと同じ台詞を喋った。会社でも、課長に叱られていた先輩の気持ちで「偉そうにしてんじゃねえぞ。責任取らねえ上司の何が上司だ」と念じたら、先輩がそのままを課長に告げ、課長は心的ショックで入院した。俺は弟の潤也とその彼女の詩織ちゃんを使って、遊園地で「力」の検証をしたが、そこであやうく命を落しそうになった。同僚の満智子と行ったライブでは不思議な感覚に襲われた。前に潤也がスイカの種の並びで鳥肌が立ったことを思い出した。ファシズムを連想したのだ。やがて日本全体が異様な空気に支配されようとしていた。犬養の影響力が具体化しているのか、それとも……考えろ考えろマクガイバー
「魔王」「呼吸」の中編2作からなるが、とりわけ「魔王」伊坂幸太郎の最高傑作だ。この異様なまでの緊迫感と息苦しさは今までの伊坂作品には見られなかったものだ。後半からラストにかけては、読んでいる方も倒れてしまいそうだった。政治的要素が高く、今年の衆議院選挙の結果を予見していたかのような話で発表時期も絶妙(というよりは微妙)。問題作と言われるのも頷ける。今までの作品にも時折垣間見られていた伊坂の黒い部分が全開になったようだ。例によって小道具の使い方が実に巧く、宮沢賢治の詩が輝いているようだった。声に出して読むべし。もうひとつの「呼吸」は、「魔王」の5年後という設定で、潤也と結婚した詩織の視点で描かれた静かな物語。こちらも読ませる部分はあるものの、「魔王」の長大な「後日譚」という印象は拭えない。
(この感想はプルーフを読んでのものです)