高木彬光『成吉思汗の秘密』

成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)

成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)

さすがの天才型名探偵・神津恭介も、病には勝てなかった。急性盲腸炎で入院を余儀なくされたのだ。毎日が退屈で退屈で仕方がない。友人の推理作家・松下研三はそんな神津に、歴史上の謎に挑んでみてはどうかと持ちかけた。源義経は衣川で自害したのではなく、北方へ逃れて大陸へ渡り、ジンギス=カン(成吉思汗)になったという話はただの「伝説」「妄言」なのか、それとも「真実」なのか。神津らは、父親も義経伝説を追っていたという大麻鎮子を助手に迎えて、この「史上最大の一人二役トリック」を検証することになった。調べるにつれて次々に浮かんでくる義経の痕跡、そこに立ちはだかる助教授の強烈な反論……神津の頭脳は、歴史の闇に迫れるのか?
「名作再評価」シリーズの一環として読んだが、実はこれは初読。続編は既読なのだが。作品中でも触れられているように、ジョセフィン・テイ『時の娘』に触発されて書かれた、歴史推理ものの代表作の一つだ。現在の高田崇史「QEDシリーズ」の元祖的存在とも言える。日本史の中でも最も有名な「トンデモ説」の一つ、「源義経ジンギスカン」に挑んでいる。といっても、証拠として使えるのが文献と地名などしかないし、解釈の仕方によっていくらでも話が作れそうなネタでもあるので、現在ではやっぱり「トンデモ」に近い雰囲気を感じてしまうのも事実。鯨統一郎邪馬台国はどこですか?』のような乗りをもっと突き詰めた感じにも見える。ただ、かなり多くの資料に当っているので、読んでいくうちに「いや、本当なのかも……」という気にもなってくるし、そう思わせることが出来ればこの小説は大成功なので、やはり凄い小説であることは間違いない。特に後半の清朝の話との関連性は、なるほどと唸ってしまった。さらに最後の一章で、単行本刊行後に一般の女性から寄せられた説を書き加えている点も興味深い。当時の反響がかなり大きかったことが伺える。
高木彬光の歴史ミステリは、続けて『邪馬台国の秘密』『古代天皇の秘密』と書かれている。とりわけ『邪馬台国の秘密』は個人的にも思い入れの強い作品で、邪馬台国の場所に関する推理は、今でも高木説が最も真相に近いのではないかと信じている。ただし、こちらも現在の視点では受け止め方が変わってくるかも知れないので、近いうちに再読しようと思う。これら2作からかなりの年月を経て書かれた『古代天皇の秘密』は、焦点がはっきりしていないこともあって完成度はかなり落ちるので、ちょっとお薦めはできない。