高木彬光『わが一高時代の犯罪』

(再読)
日本が戦争に突き進んでいたあの頃、神津恭介と松下研三は、一高(現・東京大学)に在籍する学生だった。「西式健康法」に傾倒して「西式」と呼ばれた妻木という友人がいたが、その妻木がある日、肝試しとして登った時計塔から忽然と消え失せたのだ。背後にちらつく、一高生を呪っていた女の姿……天才・神津恭介によって事件の謎は一応の解明を見たのだが――。
既に『刺青殺人事件』などで勇名を轟かせていた名探偵・神津恭介の原点として語られた作品で、学生時代に体験した事件という設定だ。メインは時計塔からの人間消失だが、このトリック自体は「ちゃち」なものだ。が、この作品は、その背後にあるものこそが重要で、それを明らかにすることを神津自身も拒み、当時はあえて「真相」からみんなの目を逸らせていた、ということがポイントだ。そして物語全体を覆う郷愁。それはもうオーバーなほどだ。高木彬光本人も一高出身だから、よほど思い入れでもあるのだろう。エピローグのこの一行が著者の思いを代弁しているかのようだ。

さらば一高、駒場ヶ丘! 青春の夢、いざさらば! 過ぎ去りし日よ、いざさらば!

角川文庫版は、他に4つの短編が収録されている。カメラに死者の顔が念写される「幽霊の顔」、月から来たと称する女の消失「月世界の女」、死んだはずの夫から電話があったという女の謎の死「性痴」(しかしすごいタイトルだなあ。「音痴」と同様に、性の感覚がない、無頓着な人を指す言葉らしい)、鼠の悪夢を見るという男が消息不明になり……の「鼠の贄」。どの短編も、いかにもなトリックばかりで、現在からするとやや甘い作品ばかりだが(はっきり言って文章が下手なので、トリック部分が余計にクローズアップされる)、「鼠の贄」はホラー的要素と事件の怪奇性、どんでん返しの切れ味とか見事にマッチした秀作だと思う。