中川右介『カラヤンとフルトヴェングラー』

カラヤンとフルトヴェングラー (幻冬舎新書)

カラヤンとフルトヴェングラー (幻冬舎新書)

世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィルに三代目首席指揮者として君臨していた巨匠、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー。そこに若手指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが狙いを定め、大いなる野望を燃やしていく。フルトブェングラーはカラヤンの才能に嫉妬し、彼を潰すことに奔走することになる――ヒトラー率いるナチス・ドイツの国策にも翻弄されながら、高貴な芸術とは別次元で激しくも醜く争う二人。さらに戦後の混乱期、二人がドイツから逃れていた時期にベルリン・フィルを守った無名の指揮者、セルジュ・チェリビダッケが争いに加わる……。
1934年から1955年までのクラシック界、とりわけ戦争を挟んで揺れ動くベルリン・フィルと、その首席指揮者の座を巡る争いを、多くの資料を基に歴史ノンフィクションとして纏めた一冊。ヨーロッパ現代史の縮図にもなっており、最初から最後までページを繰る手が止まらない傑作である。レコーディングを精力的に行い、ベルリン・フィルとの蜜月時代も長く、後に「帝王」と呼ばれるカラヤンだが、彼は死ぬまで「伝説の巨匠」フルトヴェングラーの影響力と戦っていたのだろう。
読みながら付箋を付けていたら、付箋が無数に付いてしまったが、中でも最も象徴的な部分を引用する。59ページ。

レコードを認めながらも、それを充分に活用できなかったフルトヴェングラー。レコードを認め、それを充分に活用できたカラヤン。そして、レコードを認めなかったチェリビダッケフルトヴェングラーだけが、悩み苦しむことになった。彼はどうすればいいレコードがつくれるかは分かっていた。しかし、そうしようと思えば思うほど、空回りしてしまった。そこに、それを何の苦労もなくやってしまう若い指揮者が登場した。これからはレコードの時代だという認識があればあるほど、フルトヴェングラーカラヤンに脅威を感じたのであろう。