北村薫『玻璃の天』

玻璃の天

玻璃の天

昭和初期の華族の娘・花村英子とその専属運転手・別宮(通称・ベッキーさん)が出会う事件の数々。当時の世相・風俗を通して、穏やかな華族の世界を活き活きと描く。ミステリの謎解き部分でも知的なものを感じさせる。だが、そういうこと以上に、小説として巧いとしか言いようがない。ベッキーさんの素性が明らかになる表題作は、読みながら唸ってしまった。北村薫の作家としての力を実感できる短編集だ。

ベッキーさんは、いつかいった。《個人が自分の正義のために、立場の違う者を抹殺することなど許されるわけがない》と。この人は、元禄十五年に吉良邸の前にいれば、命がけで大石内蔵助を止めるのだ。それが、この人の《正義》だ。
(220〜221ページ、「玻璃の天」より)