鹿島茂『あの頃、あの詩を』
- 作者: 鹿島茂
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/12/18
- メディア: 新書
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少し長いが引用しよう。
初めて手に取った中学校一年生の教科書の冒頭に置かれていた山村暮鳥の「一日のはじめに於て」という詩は、文字通り、爆弾のように炸裂しました。あるいは、文学という棍棒でガーンとなぐりつけられたような感覚といったらいいのかもしれません。
みろ
太陽はいま世界のはてから上るところだ
此の朝霧の街と家族
此の朝あけの鋭い光線
(中略)
ひとびとはかつきりと目ざめ
おきいで
そして言ふ
お早う
お早うと
(中略)
此の言葉より人間の一日ははじまる」(中略)
ひとことでいえば、これが私の「文学」との出会い、ファースト・エンカウンターでした。いま読み返せば、山村暮鳥の最上の作品とは言い難いかもしれませんが、とにかく、私は、それまで見たことも読んだこともない「詩」というものに圧倒され、世の中にこんなにすごいものがあるのだと感動してしまったのです。
教科書という、それまでは出来ることなら触れたくないと思っていたものの中に、こうした素晴らしい宝物が入っているのに気づいたことも大きな収穫でした。(中略)
このような意味で、昭和30年代の国語教科書、とりわけ中学校教科書で団塊世代が読んだ詩というものは、近代化する以前の日本の家郷のプリミティブな情景や生活感情が、ほぼ原形のままに保存されている「タイムカプセル」であるといえるのです。
そう、いかにも、昭和30年代の中学校国語教科書の詩は、暗い十五年戦争の時期を間に挟んだ、明るく希望にあふれる二つの奇跡的な時代に生きた親と子の世代が、そうとは意識しないで共同で作り上げた「タイムカプセル」なのです。