万城目学『ザ・万歩計』

ザ・万歩計

ザ・万歩計

万城目学初のエッセイ集だが、やっぱり変な小説を書く人は普段の発想からして変だな、というのを再認識させられる。文章もユニークであり、唯一無二の才能だろうと思う。
ひとつ、どうしても長文で引用したい箇所があるので紹介しよう。著者の変な発想力がよく分かる。


「高級感漂うファーニチャー・ショップなど」に寄った時、ぜひ「渡辺篤史ごっこ」をして欲しい、と提唱する。「渡辺篤史の建もの探訪」における、渡辺篤史のコメント能力を絶賛する万城目氏は、いかにそのコメントがすごいかを説明するため、以下のような文章を展開させる。

  さて、ぜひみなさんには、ここで実際にシチュエーション・クイズとして、篤史のシャレにならぬコメント能力の高さを実感していただきたい。みなさんは篤史である。「ここがバス・ルームですね。それじゃ、失礼します」と浴室のドアに手をかける。ドアを開け、壁の上部に嵌めこまれた窓より、まばゆいばかりに光が白い浴室内に注ぎこむのを見て、みなさんはいかなる第一声を発するだろうか?
「いやあーー明るい」
 ブブー。3篤史(篤史はポイントの単位)。
「ハハア、外の光を上手に取りこんでいますねえ」
 ブブー。16篤史(MAXは100)。
「ウウム、空間が白にあふれていますね」
 少しいい感じになってきたけれども、やはりブブー。残念、38篤史。
 そろそろイラッときた方もおられるだろうから、100篤史の解答をお伝えしたいと思う。実際に番組で、浴室のドアを開け、頭より少し高い位置のあたりから光が注いでいるのを認めた篤史は、何と言ったのか?
「おおお、フェルメールの明かりが」
 と篤史は言ったのである。
 はじめ、私はこのコメントの意味がわからなかった。何か聞き違いをしたのだろうか、とすら思った。だが、私がこの篤史のコメントの真の意味を了解したのは、まさに一週間後、本屋で偶然フェルメールの画集を目にしたときだった。
(123〜124ページ)

この全体から漂う珍妙感こそ、万城目の魅力の一つだと思う。