「インターネットで選ぶ本格ミステリ大賞2009」結果発表!!

大変お待たせしました。
オフィシャル版の「本格ミステリ大賞」が牧薩次『完全恋愛』に決まりましたので、アンオフィシャル版の「インターネットで選ぶ本格ミステリ大賞をここに発表します。
今年の投票者総数=15名様
投票集計結果(全投票者とコメントはこの下にあります)

『完全恋愛』牧薩次 5票
裁判員法廷』芦辺拓 0票
造花の蜜連城三紀彦 3票
『ペガサスと一角獣薬局』柄刀一 4票
『山魔の如き嗤うもの』三津田信三 3票

というわけで、栄えある「インターネットで選ぶ本格ミステリ大賞2009」は、
牧薩次『完全恋愛』に決定しました! 牧さん、おめでとうございます!

完全恋愛

完全恋愛


今年はどちらも結果が読めず、個人的には楽しみでした。どちらにしても、「ベテラン」対「中堅・若手」という世代間の争いになるかな、と思っていました。結果は、オフィシャル・アンオフィシャル共に同じ作品になりました。
今年のネット投票は最後の最後まで全く集まらず、ヒヤヒヤしました。最終日に多くの投票があり、ホッとしております。で、実は、その投票が入るたびに結果が目まぐるしく変わるという、大接戦になっていました。今回はどれがアンオフィシャルで受賞していてもおかしくないほどでした。

以下に、全投票者の投票内容を転記します。(投票者の50音順。こちらの構成上、一部改行など調整している箇所があります。また、明らかな誤記・誤植は修正しました。
私の編集に間違いがありましたら、ご指摘いただければ修正いたします>投票者の皆様)


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

投票者:ALPHA
・投票作品名:『完全恋愛』
・理由、およびコメント

今回の候補作もまた、それぞれの作家さん「らしさ」が非常に出ている作品がそろったなあ、という感じです。
芦部さんの『裁判員法廷』は、お得意の法廷モノに、今話題の「裁判員制度」を取り入れ、読者を裁判員に仕立て上げて読ませたという点は大変面白かったのですが、肝心の謎解きや真相がイマイチ在り来たりに思えてしまったのが残念です。
三津田さんの『山魔の如き嗤うもの』も、ホラー仕立ての幻想ミステリといういつもの「三津田ワールド」全開だったのですが、全体的な物語や事件の真相等々、前作の「首無」ほどではなく感じてしまいました。
柄刀さんの『ペガサスと一角獣薬局』は、表題作よりも併録作品の方に惹かれた作品が多かったような気がします。特に「光る棺の中の白骨」は秀逸だと思います。
連城さんの『造花の蜜』は、「さすが連城さん」と思わせるような大作でしたが、ラストが自分的にあまりスッキリ出来なかったのが残念で、今回は次点としました。
そして、牧さん(というか辻さん)の『完全恋愛』。これは面白かったです。
醸し出される古き良き昭和の雰囲気がまず素晴らしいし、誰でも知っている昭和のあの「大事件」が真相に絡んでいるというのも、「そう来たか」という感じで楽しめました。この作品はタイトルの通り恋愛がメインで、ミステリはその味付け的存在という感じがして、元来そういう作品は個人的には結構苦手なジャンルだったのですが、これに関しては気になりませんでした。


投票者:ウイスキーぼんぼん/ミステリあれやこれや
・投票作品名:『完全恋愛』
・理由、およびコメント

『完全恋愛』は、スケールの大きいストーリーがクライマックスで活きていて、その活かし方というのが、とっても辻…ゲフンゲフン、作者らしくってユーモアがあり大好きです。
『完全恋愛』と『造花の蜜』で最後まで悩みましたが、個人的にユーモラスなミステリが好きなので、『完全恋愛』の方へ投票しました。ただそれだけ。『造花の蜜』もミステリの歴史に残る誘拐ミステリの大傑作だと思います。
『ペガサスと一角獣薬局』より『ゴーレムの檻』や『密室キングダム』の方が好きだし、『山魔の如き』より『厭魅の如き』や『首無の如き』の方が好きだし…。それらが無冠だった過去を考えると、どうしても『ペガサス』『山魔』に投票する気にはなれませんでした。
裁判員法廷』も、単純な切り口から真相へ到達するプロセスが綺麗で、天才的な名探偵にではなく、一般市民に事件を解決させる新制度とのマッチングが最高でした。


投票者:ugnol/http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/1639/
・投票作品名:『造花の蜜
・理由、およびコメント

今回は投票作品を決めるのに悩まされた。というのも、小説として良い作品、好みの作品を選ぶか、もしくは本格推理小説にこだわるかで、選ぶ作品が異なるからである。 本格推理小説ということであれば「ペガサス」や「山魔」でもよかったのだが、小説としてのインパクトの強さから「造花の蜜」を選択。


造花の蜜連城三紀彦
本格ミステリという観点からは少しずれるような気がするが、誘拐を扱ったミステリとして、ジャンルの代表作となりうるほどの作品。予想だにせぬ展開から、思いもよら ぬ誘拐事件へと発展させてゆく趣向は見事である。さらには流麗な描写といい、小説としての出来栄えといい、とにかく完成度が高い。


「完全恋愛」牧薩次
“完全犯罪”を逆手に取り、“完全恋愛”成就させるという趣向は実に面白かった。ただし、ミステリ作品としての面白さというよりも、ミステリを逆手にとった変化球によ る面白さを感じる作品であるので、本格ミステリという観点では弱いと感じられる(特にトリックは脱力系といってもよいほど)。それでも「造花の蜜」とどちらを選ぶか迷 うほどの良い小説であったことは確か。


「山魔の如き嗤うもの」三津田信三
本格ミステリという点からすればこの作品が一番ではないだろうか。ただ、三津田氏は今までに「首無」や「厭魅」といったインパクトの強い傑作を出していることが結果 として不利になってしまう。どうしても今までの傑作と比べると、今作は地味に感じられてしまう。それでも十分に良い作品であることには違いないのだが。


「ペガサスと一角獣薬局」柄刀一
今回選ばれた柄刀氏の作品は短編ゆえに選出されるのは厳しいであろう。どれも本格ミステリ作品としてよい味が出ているものの、これといった作品が見当たらないのも事 実。これらの作品を膨らまして、長編に仕上げてもらえればもっと良い作品ができたのではないかと思われる。特に「ペガサスと一角獣薬局」と「チェスターの街の日」の2作 品は短編ではもったいない。


裁判員法廷」芦辺拓
この作品は読んではいたものの、本格ミステリ大賞に選ばれるような内容だったかなと考えてしまった。ミステリとしては薄味に感じられたし、法廷小説としては違和感が 感じられた。今回の作品群のなかでは一番微妙と思われた作品。


投票者:Uttuku
・投票作品名:『完全恋愛』
・理由、およびコメント

内容的には、五作のうちどの作品が受賞しても納得できるし、不服はない。また、特にどうしてもこの1冊と、絞り込めない。そこで、内容以外の側面から考えてみた。


裁判員法廷』
時事性、タイムリー性ということではこの作品が一番。この作品が受賞したのであれば、何年後かに2009年という年を振り返った際に、“裁判員制度がスタートした年”という記憶と共に、“ちょうど『裁判員法廷』というすぐれた作品があったな〜”とこの作品のことも思い出すであろう。“ミステリーは時代を映す鏡”という言葉を聞いたことがあるが、そういう意味ではこの作品が一番。


『完全恋愛』『造花の蜜
両作品とも、大ベテラン、大御所作家が著した作品。
両作家とも、本格ミステリーだけを創作する作家ではないし、また年齢のことを考えると、今後、本格ミステリー大賞の候補となる作品を著してくれるかどうか不明である(もちろんまだまだ元気で頑張って傑作を書いて欲しいと思うが)。特に牧薩次氏(=辻真先氏)は80歳近い高齢なので、今回受賞を逃すと、へたするともう機会がなくなる恐れさえある。(ほぼ同じ年齢の泡坂氏のことを思い出しました)


『ペガサスと一角獣薬局』『山魔の如き嗤うもの』
両作家ともに、毎年、本格ミステリー大賞の候補になり、惜しくも大賞受賞を逃している。したがって、今年こそは受賞してほしい。ただ、柄刀氏が受賞するなら『密室キングダム』で受賞して欲しかったし、三津田氏が受賞するなら『首無の如く〜』で受賞して欲しかった、という思いもある。


以上を総合的に考えて、『完全恋愛』を推しました。


投票者:くにももさくら
・投票作品名:『ペガサスと一角獣薬局』
・理由、およびコメント

いずれの作品も楽しく読書できたので(嫌いな作品とかあれば蹴り落して枠が狭められるのに!)優劣を決めかねて、単純に好みで選択しました。

『完全恋愛』(著/牧薩次)どれぐらい辻真先ワールドに浸っているかで楽しめる度合が異なってくるのでは?と読書中に何度も不安に苛まれてしまいました。実際はどうなのでしょう。他にも、理解度が低くていろいろと真相を読み落しているのではという疑問や劣等感に苦しんだりという症状も。どなたか優しく噛んで含めるように解説してください。

裁判員法廷』(著/芦辺拓)話題の「裁判員制度」というテーマを使用しつつ、しかも確りと本格ミステリだと堂としている立ち姿が素晴らしいと思います。ただ真摯にテーマに取り組むためにいつもの大胆さが欠けてしまっているように感じたので。この取り組み自体が大胆だといえばそうなんですけどね。

造花の蜜』(著/連城三紀彦)この作品のような犯人は大好物……コホン。大好きなのですが、犯罪スタイルが好みでないので選びませんでした。怪盗ルパンが嫌いなので。ルパン三世は好きなんですけどってなんのこっちゃ。

『ペガサスと一角獣薬局』(著/柄刀一)ちょっと常人では思いつかないような奇抜な謎を、そんなアホな?!というような解決でギューッと押さえ込む、まあ時々押さえ込めていないように感じるのもご愛嬌、ダイナミックな豪腕っぷりを柄刀ミステリに望んでいる私にとって、正しく直球ど真ん中の作品集でした。

『山魔の如き嗤うもの』(著/三津田信三)何回ループすんね〜ん!という凄いジェットコースターのようなミステリでした。とても楽しかったのですが途中で目が回って気分が悪くなってきたので。いや、それが良いんだというのは理解できるんです。だから単純に「好み」なのです。


投票者:黒い子/本が好き。
・投票作品名:『ペガサスと一角獣薬局』
・理由、およびコメント

このラインナップの中で、問題&解答という形を読者に対して一番良い形で提供している、と感じました。
トリックの見事さはもちろん素晴らしいのですが、ドラマの部分の魅せ方がとても上手く、事件が起こった背景や経緯の作りがとても良かった。
面白く読ませるのは当たり前で、その中でどれだけ作者の技量が発揮させるか、が良く現れている作品だと思います。


裁判員法廷』は、裁判員制度という新しい取り組みに対して真摯に向き合っているのは好感を持てました。
ただ、トリックとしての優越を考えると、『ペガサスと一角獣薬局』の優れているな、との判断から次点に置かせていただきました。


『山魔の如き嗤うもの』は、相変らずの雰囲気と文体からひしひしと感じる「本格」っぽさは一番に感じられたのですが、作品を読むに当たっての、トリックや構成などの多少の分かりにくさを考慮して次点として選択しました。
個人的に一番好きなのは本作です。


『完全恋愛』は、ミステリーとしての構成よりもストーリー構成の巧みさに意識を奪われて、意外性という意味での驚きは少なかった。


造花の蜜』は、『完全恋愛』と同様にストーリーの巧みさと登場人物の造形の見事さに目を引かれました。
けれど、それらばかりに目を奪われてしまったためか、肝心のミステリーとしての部分は弱いのではないかと感じてしまったので外しました。


投票者:ジアラト
・投票作品名:『山魔の如き嗤うもの』
・理由、およびコメント

個人的には今年の候補作の中では『山魔の如き嗤うもの』と『造花の蜜』の二作が抜きんでていたように感じた。ともに構図の生み出す恐ろしさ──本格ミステリにおけるプロットの部分が既存の作品に比べ、著しく秀で、かつ斬新である印象。前者が濃密な伏線の描写により、異常ともいえる構図の禍々しさを読者に受け入れさせるのに対し、後者は圧倒的な文章力・物語の構築性により、自然な形で異常な構図を、読者に受容させることに成功した。
目も眩む伏線の奔流により、力技でフィクションにおける絶対的なロジックを構築した点・あえて前三作の高いハードルに挑み、違ったアプローチにより乗り越えた点を考慮し、『山魔の如き嗤うもの』を対象に推す。とはいえやはり最後の決め手は自分の好みに依るものも大きいのだが……。

以下に個々の作品について読んだ印象を記す。
芦辺拓裁判員法廷』
「社会派」本格ミステリの可能性を追求した意欲作。どのような作風であっても芦辺拓「らしい」というのは言い過ぎだが、現代において芦辺拓ほど「物語」の可能性の大きさを信じ、かつ幅広く実践しているミステリ作家は他にいないだろう。だからこそやはりこのようなアプローチの先駆者も芦辺拓であったというのは至極当然のことであるように思う。なぜこの作品は「社会派」として世に出なくてはならなかったのか? 新たな形の「本格」がここにはある。


牧薩次(辻真先)『完全恋愛』
大ベテラン、辻真先先生が今でもなおこのような意欲的な傑作を世に問うてくるとは。物語性と本格のコードが非常に高いレベルでお互いに結びつくことで、ミステリとして読者の心を打つものだと、この作品で思い知らされた。辻真先の新たなる代表作の登場。長きにわたり本格ミステリ界に君臨し続ける辻真先はどこまで進化を続けるのか?


柄刀一『ペガサスと一角獣薬局』
現代最高の本格ミステリ小説の紡ぎ手による超高密度の傑作短編集。柄刀一という名匠の手に掛かれば、単なるトリックも、奇蹟として読者の前に提示されることになる。ポーの時代より、奇蹟を解くのがミステリ作家の業ではあるが、奇蹟が解かれるということが何よりの「奇蹟」であるということをこの作品集で柄刀一は証明してくれる。


連城三紀彦造花の蜜
悪魔的傑作。連城三紀彦の手に掛かれば、単なる誘拐ミステリも、瞬く間に魔術的構図に生まれ変わる。ミステリにおける構成の美学、そして実践に関して、連城三紀彦の右に出るものはいないということを、改めてこの作品を読んで確信した。ミステリは何をやったっていいし、どんなことでも出来るのだ。


三津田信三『山魔の如き嗤うもの』
緻密に張り巡らされた伏線が導き出すのは「本格」の奥深くに潜む「闇」。三津田信三はその「闇」を抉り出す。本格ミステリにおける伏線とは単なる結末の暗示ではない。それ自体が非常に魅惑的な「物語」の一部なのである。『厭魅の如き憑くもの』『首無の如き祟るもの』の二作で間違いなく本格ミステリ界の巨峰の一つを制した三津田信三が全く新たな領域へ足を踏み入れ、見事に乗り越えて見せた勝利の証。


昨年も本当に面白い作品を多く読むことができ、夢のような時間を過ごすことができました。本当にありがとうございます。
今年も面白い本をいっぱい読めますように。


投票者:都鞠
・投票作品名:『ペガサスと一角獣薬局』
・理由、およびコメント

幻想的な謎と奇跡的な解決の両立した『ペガサス』が本格ミステリとして一歩抜きん出ていたと感じた。もちろん短編によって出来不出来はあるが、犯人の想いや事件自体を宿命へと昇華させる手法は見事だと思う。
『山魔』はシンプルなトリックでいかに複雑な謎を作り出すかに成功しているし、『裁判員法廷』は連作として有効な仕掛けを用い優れたミステリであると感じたが、共に、“謎とその論理的な解決”を美しく見せているかと考えると『ペガサス』より劣るのではないかと思う。
また、『完全恋愛』は3つの時代を跨いだ謎解きの展開は見事だった一方、根本の設定を無効にするラストは残念としか言いようがなかった。『造花の蜜』は事件に対する意味の与え方において、『戻り川心中』に連なる連城ミステリの真骨頂であるとは感じたが、その意味の与え方に前例を超えるものを感じられず、なおかつ謎解きの方法は非本格であると思われたので、(ミステリとしては優れていても)本格としては減点であると判断した。解決も背景説明が多く、カルタシスを味わえる真相なのに、と残念に思った。
よって『ペガサス』がもっとも本格ミステリ大賞に相応しいと感じた。個人的な好みを言えば、ここまで奇跡や神秘を扱った事件にするのであれば、探偵役は南美希風ではなく、奇蹟審問官であるべきかとは思うが、解決後に見せられた風景の美しさにその様な些事は吹き飛ばされた。


投票者:パズル
・投票作品名:『山魔の如き嗤うもの』
・理由、およびコメント

『山魔』と『造花』のどちらを推すかでかなり迷った。全体としての達成度で見れば後者の圧勝だが、本格の趣向や愉しみをより感じたのは前者。悩んだ挙句、所詮自分は一読者の餓鬼に過ぎないのだから、達成度云々などと偉そうにほざくのは噴飯ものだろうと考え、個人的な好みを重視して『山魔』に票を投じた。


5位『完全恋愛』……あの牧薩次が書いた、というメタ的な面白さはあるが、昭和の戦後史を背景とした男の一代記、完全恋愛というテーマ、そして三つの不可能犯罪が有機的に結びついた傑作、とは言いがたい。大御所に対してこんな風に書くのはどうかと思うが、個人的には、肝心の人間ドラマに多くの人が賞賛するような深みを感じられなかったのだ。そうなるとラストのあれもあまり感心できず、事件自体も単なるクイズのようで、本格としてはみるべきところが少なかったように思う。


4位『裁判員法廷』……三話とも極めて丁寧に、かつ技巧を凝らして書かれており、とりわけ「自白」の仕掛けには驚かされた。しかし、現実への切込みを意識したためか、いつものようなケレン味が押さえられており、少々物足りなかったのもまた事実。


3位『ペガサスと一角獣薬局』……トリックの使い方に疑問はあるものの、大量のネタをぶち込んで、幻想的な謎と解決を実現させた手腕は流石柄刀一! もはや島田荘司という形容詞を加えるまでもなく、独自のロマンティシズムが全篇に溢れている。


2位『造花の蜜』……小刻みに繰り出される意外な展開に翻弄され、前半と後半で二度描き出される誘拐ミステリの驚くべき構図には、それこそ呆然となってしまった。特有の人工性と美文、そして鮮やかな騙しのテクニックがもたらす“連城マジック”は、いまだ健在だったのだ!……とはいえ、不満も少なからずある。最終章が(驚きはしたものの)蛇足、川田のパートが若干くどい、新聞連載のためかやや軸がぶれ消化不良になってしまった謎や人物。それと、これは自分だけかもしれないが、登場人物たちの言動にいちいち引っかかり、イライラし、それが最後まで払拭されなかった。確かにこれらの不満を吹き飛ばすほど、この作品の仕掛けは凄いのだが……


1位『山魔の如き嗤うもの』……派手さはないものの、本格ミステリとホラーの融合という点では、シリーズ中最も洗練されていると思う。冒頭の手記にニヤニヤし、矢継ぎ早に起こる事件の謎に振り回され、毎度の事ながら怒涛の推理に圧倒され、最後はホラーとして見事に閉じられる。横溝のあの作品などを下敷きにしつつも、読者の意想外のところに着地してみせる様は素晴らしく、うならされた。


投票者:「鳩時計」子fromやぶにらみの鳩時計@はてなやぶにらみの鳩時計@はてな
・投票作品名:『ペガサスと一角獣薬局』
・理由、およびコメント

『ペガサスと一角獣薬局』『造花の蜜』『山魔の如き嗤うもの』『完全恋愛』『裁判員法廷』の順番。柄刀の奇想の飛翔と、連城のあまりにもあざやかな大反転劇、「本格」度ということを考えて柄刀のものに軍配をあげたけれども、連城のものが「本格」として許容されてほしいというのが、一番の本音である。三津田の高密度・大アクロバットぶりはあいかわらず、辻御大には、今度は本名で候補作に匹敵するものを物してほしい。


投票者:政宗九/政宗九の視点
・投票作品名:『造花の蜜
・理由、およびコメント

イムリーなネタを使いながら、巧緻な本格ミステリへの昇華に成功した『裁判員法廷』、本格への愛を感じる短編集『ペガサスと一角獣薬局』(特に「光る棺の中の白骨」が素晴らしい)、ホラーと本格を融合しながら、畳み掛けるクライマックスが凄い『山魔の如き嗤うもの』、あえて変名を使って壮大な謎と愛の姿を描ききった『完全恋愛』、今年の候補作もどれも完成度が高く、本格の素晴らしさを改めて我々に教えてくれる作品ばかりだった。
しかし、『造花の蜜』を読んだ瞬間から、自分にとっては『造花の蜜』以外に今年の本格ミステリ大賞はあり得なかった。
数年前にも誘拐テーマの長編を発表しているが、その時のラストの仕掛けに似たようなネタを、本書では前半で出し、後半でなお何度もひっくり返して見せている。既に重鎮の作家が、なおも次のステップを目指し、さらに斬新なトリックを考え、提示している。このプロ根性、作家魂、そして本格愛を、どんなに讃えても言い足りないと私は思う。最終章が余計に見えるのが唯一の欠点ではあるが、新聞連載中にさらに凄いアイデアを考えながらも中絶せざるを得なかったものと解釈したい。


投票者:みっつ/未定の予定~ラビ的非日常生活~ - 楽天ブログ
・投票作品名:『完全恋愛』
・理由、およびコメント

「完全恋愛」には、とにかく伏線の張り具合に感銘を受けました。ラストの盛り上がりは忘れられないですし、集大成に相応しい大傑作だと思います。あと、絶妙すぎるタイトルも美しい。
最後まで対抗馬として悩んだ「造花の蜜」の序盤中盤を問わない離れ業の連続には、脱帽するしかない。
ただ、それだけに高まりすぎた期待感を満足させてくれるラストではなかったのが残念。

「山魔の如き嗤うもの」 は、コンスタントに高いレベルの作品を作り出し続けるシリーズという事を再認識させられたものの「首無し〜」のどんでん返しラッシュと比べてしまうと弱いかと。
欧州の幻想的な雰囲気とロジックを見事に融合して見せたてくれた「ペガサスと一角獣薬局」は、どの短編をとっても長編に仕上げられるのではないか?という圧倒的なアイディアが素晴らしかった。
裁判員制度導入をミステリ的な切り口から学べる「裁判員法廷」も今読まれるべき本格ミステリとしては筆頭。この試みが出来るのは芦辺さんならでは。


投票者:mihoro/http://www.geocities.jp/y_ayatsuji/
・投票作品名:『完全恋愛』
・理由、およびコメント:

 五作品とも、たいへんに読み応えがありました。読んでいる間、楽しかったなあ。『完全恋愛』と『ペガサスと一角獣薬局』どちらに投票するか、最後までかなり悩みました。


『山魔の如き嗤うもの』謎が二ページにまたがって列挙される例の部分は、毎度のことながら圧巻。ただ、前作『首無〜』とどうしても比べてしまい、私は前作の方が好きだったので点数が若干辛くなってしまいました。


裁判員法廷』これほど読者へのもてなし精神にあふれた本格ミステリはそうはないでしょう。「あなた」という人称の使い方が上手いなあ。法廷だったり評議室だったり、短篇それぞれに舞台が変わるなど趣向も凝らされていて、とても楽しく読みました。


造花の蜜』特に前半部分が素晴らしかったです。冒頭からエンジン全開、どいつもこいつも怪しく思えて先の展開が全く読めず、途中で本を置くことができなかったです。連城マジック、堪能しました。


『ペガサスと一角獣薬局』本格って美しい、と心から思わせてくれる作品集。特に「光る棺の中の白骨」はカンペキでしょう。この短篇だけは再読だったのですが、二度読んでなお素晴らしいと思えるのは、本格として優れていることの証左だと。最後の一行まで行き届いた至高の一篇です。

『完全恋愛』これを推薦作に選んだ理由は「私の好きな本格」だったから。自分が思い込んでいた絵が実はまったく違っていたと最後に知り、うひゃーそうだったのかと本を抱えてしばし呆然(笑)。素晴らしい作品をありがとうございました、辻先生(じゃなかった、牧薩次先生)。


投票者:めぐま
・投票作品名:『山魔の如き嗤うもの』
・理由、およびコメント

コンパクトにまとまった短編集が2作と長編3作の中で、圧倒的な迫力で読ませた「山魔の如き嗤うもの」を推します。ページを繰る手が止まりませんでしたっ。
造花の蜜」は、やはり文章が素晴らしい。映画のように、シーンが目の前に展開されます。息つく間もない前半の誘拐劇や、美しい最後のどんでん返し、素晴らしいです。
「ペガサスと一角獣薬局」は久しぶりの柄刀作品でしたが、読みやすさに驚きました。装丁も素敵です。
裁判員法廷」は、レギュラーキャラクター森江春策を配した、法廷物の佳作です。これから始まる裁判員制度を舞台にした作者の意欲と苦労も伺えます。
「完全恋愛」は、戦前から、戦後現代までの一人の人生を描き切った大作。読み応えがありましたが、タイトルにまつわる諸々にはいまひとつ納得できないものがあります。


投票者:monstre
・投票作品名:『造花の蜜
・理由、およびコメント

1位 連城三紀彦造花の蜜」……「運命の八分休符」所収の「邪悪の羊」も素晴らしかったが、それを大幅にアップグレードしたような誘拐ものの傑作誕生。初期短編のような逆転の発想を多用したミステリとしての構図も美しいが、文章の1ページ1ページが「今素敵なものを読んでいる」という感慨を与えてくれる。個人的に道尾秀介の「カラスの親指」がノミネートされていないのが残念だが、仮に入っていても僅差でこちらに軍配を上げた。文句なくナンバーワン。


2位 柄刀一「ペガサスと一角獣薬局」……短編集は出来・不出来の差があるため全体の評価が、長編と較べて辛くなることが多いのに、この全編にわたるクオリティーの高さは何だろう。「光る棺の中の白骨」の出来が一番良かったが、表題作の中での島田荘司暗闇坂の人喰いの木」いじりも楽しい。


3位 三津田信三「山魔の如き嗤うもの」……伏線の質と量に圧倒される本格ミステリだ。ただ一つだけ引っかかるのは立一一家と立治一家の入れ替わりを主張した点で、もし一つ家の住人が立治一家だったなら、嫁入りの儀式のため踊りを披露する一座に扮するのは流石に無理だろう。村を代表する旧家のメンバーなのだからいくら何でもばれる。その瑕瑾を除けば、これだけのクオリティーの作品を連続して発表できるというのは驚く以外にない。今最も楽しみな作家さんの一人になってきてる。 2位と3位にほとんど差はない


4位 芦辺拓裁判員法廷」……最後の「自白」は随分あからさまなアクロイドパターンだと思ったら、その奥に"裁判員"法廷だったところに叙述が仕掛けられていてころっと騙された。この最後の作品のために、その前の中編2本がミスディレクションにもなっているのも面白い。ただ単独作品としてみると前の二作が地味な分だけ、全体の点数はやや辛くなるが、十分楽しませて貰った。

                                      • -

論外 牧薩次「完全恋愛」……一つ目の事件が犯人の告白による解決の上に、事後共犯者が現場に居合わせた理由がご都合主義的偶然というのが気に食わない。二つ目の事件もナイフの柄の筆跡が同一のものか、録画画像と現場のものを改めるのが本格ミステリとしては必須の手続きなのに、それを怠っているため推理が散漫にならざるを得ない。おまけにタイトルの完全恋愛の意図も「おもい」の段階で余りにも見え見え。プロットも単線的で先への興味が喚起できないし、昭和史の絡め方も極めて皮相的で、扱う時代が長ければ大河小説というものではない。文章もまるで若書きだ。ノミネートした人間の見識を疑う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ちなみに、投票者を対象に行っております、「受賞作品予想」ですが、

  • 造花の蜜』9票
  • 『完全恋愛』4票
  • 『山魔の如き嗤うもの』2票

となっておりました。やはり2強の争いと考えたようですが、オフィシャルの方は『完全恋愛』の圧勝になりましたね。


今年も忙しい中、投票にご参加いただきました皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。