2つの異なるアプローチからやって来た“江戸川乱歩ブーム”

最近、スマッシュヒットしている江戸川乱歩の小説があることをご存知だろうか。
『幽霊塔』である。

幽霊塔

幽霊塔


乱歩作品の中でもさほど有名ではない『幽霊塔』が、今なぜ売れているのか。この表紙を見れば自明だろう。宮崎駿が表紙イラストを書き、巻頭にカラー16ページの口絵がついているのだ。
この『幽霊塔』が、あの「ルパン三世 カリオストロの城」の構想の元になったらしい。
今、三鷹の森ジブリ美術館でも「幽霊塔へようこそ展」という企画展が開催されている。
三鷹の森ジブリ美術館


実は『幽霊塔』は、乱歩のオリジナル小説ではない。元々はA・M・ウイリアムソンの『灰色の女』という小説を、日本に紹介した黒岩涙香が翻案した作品が『幽霊塔』というタイトルになり、それを乱歩がさらに翻案したものが、乱歩の『幽霊塔』である。『灰色の女』も近年翻訳出版されたので、読み比べてみるのも面白いかも知れない。

灰色の女 (論創海外ミステリ)

灰色の女 (論創海外ミステリ)


『幽霊塔』の出版社は、岩波書店である。岩波の本は原則買切で返品ができないのは、書店員はもちろん、本が好きな人ならご存知だろう。なので仕入れるのも恐る恐るな感じだったのだが、順調に売れていて、ちょっとホッとしている。
ちなみに、初期作品集も岩波文庫からも出ている。あの岩波文庫から乱歩が出た! と刊行当時はかなり興奮してしまった。

江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)

江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)


乱歩の復刊といえば、もう一つ、まったく別のアプローチから出た作品がある。『孤島の鬼』だ。

江戸川乱歩傑作集 (1) 孤島の鬼

江戸川乱歩傑作集 (1) 孤島の鬼


ここでは本書を出した出版社に注目して欲しい。リブレ出版である。
リブレ出版といえば、ほぼ、BL(ボーイズラブ)専門の出版社だ。
もう、表紙イラストからしてそんな空気がムンムンしている。これは『孤島の鬼』をBL小説ととらえて、BLファンに読んでもらうために出た企画ものの本だと思われる。確かに『孤島の鬼』は耽美的な雰囲気が漂っているし、BL界にも受けると思う。
リブレ出版による乱歩作品の復刊は、このあとも人間椅子 屋根裏の散歩者』、『芋虫』と続く予定だ。
http://www.libre-pub.co.jp/ranpo50th/


今年は乱歩没後50年の年だ。ということは、来年になると乱歩作品は著作権フリーになる。乱歩が「青空文庫」で読めるのももうすぐなのだ。今まで乱歩作品を出したことのない出版社から本が出ることも充分にあり得る。また新しい乱歩ブームがやってくるかも知れないのだ。来年が今から楽しみでならない。

未来の東野圭吾ファンが必死になって探す(かも知れない)入手困難本は、『禁断の魔術』(ソフトカバー版)である

東野圭吾の人気シリーズのひとつ「ガリレオ」シリーズは、最初はいたって地味に始まったと思う。
第一弾の『探偵ガリレオ』がハードカバー単行本として刊行されたのは1998年。今ネットで調べてみると、東野圭吾の本格ブレイクになった『秘密』が出る直前で、その翌年には『白夜行』が出ており、大きな流れが生まれていく過程の狭間でひっそり出ている。私は当時から東野作品を結構読んでいたので、『探偵ガリレオ』も『秘密』も『白夜行』も、刊行されてすぐに読んでいる。この当時の記録をネット上に残してないので記憶があやふやだが、『探偵ガリレオ』については、読者が知りえない科学知識が出てくるのでアンフェアギリギリじゃないか、と思いながらも、結構楽しく読んだ覚えがある。

探偵ガリレオ (文春文庫)

探偵ガリレオ (文春文庫)


第二弾の『予知夢』が2000年、そしてあの、シリーズ初長編にして直木賞受賞作となり、またミステリ作家やファンの間で大激論になった問題作でもある『容疑者Xの献身』が2005年だ。この当時の感想は私もこのブログで残している。
2005-09-06 - 政宗九の視点


余談だが、『容疑者Xの献身』の初版は、カバーのコーティングが特殊で、やたらと指紋がベタベタ付いてしまっていた。なので、書店で売る際はシュリンクしていたものである。同様の指摘をたくさん受けたからか、重版分からコーティングが変わって指紋が付きにくくなった。(これもまた懐かしい話ですね)


で、福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」が始まるのは2007年で、そこから「ガリレオ」シリーズの大ブームが生まれていくのはご存知の通り。


2008年には短編集『ガリレオの苦悩』と長編『聖女の救済』が同時発売されるというお祭り状態もあり、第三長編『真夏の方程式』が2011年、2012年には短編集『虚像の道化師』と『禁断の魔術』がほとんど間を措かずに連続で刊行されて、これもお祭りになったものである。


さて、今回の記事の本題は、この『虚像の道化師』と『禁断の魔術』について。
2作品とも、今年(2015年)文庫化されたが、正確には元版(ソフトカバー版)と文庫版は内容が違う。
文庫の『虚像の道化師』は、ソフトカバー版の『虚像の道化師』収録の4作品と、『禁断の魔術』から「猛射つ(うつ)」を除いた3作品、計7作品が収録されている。

虚像の道化師 (文春文庫)

虚像の道化師 (文春文庫)


そして文庫版『禁断の魔術』は、その短編「猛射つ(うつ)」を元に長編化した作品なのである。基本の事件やトリックは同じだが、読み比べると随分と印象が変わると思う。登場人物の背景などがより詳しく描かれている。

禁断の魔術 (文春文庫)

禁断の魔術 (文春文庫)


ただ、これによって、短編「猛射つ(うつ)」は文庫に収録されることはなくなった。恐らく、今後もされないと思う。ここからふと連想するのが、古本者の心理である。将来、東野圭吾の全作品をコンプリートしようと思った時、まあ大概の作品は文庫で集められるだろうけれど、この「猛射つ(うつ)」だけは文庫では読めない。読みたければソフトカバー版の『禁断の魔術』を探さなければならないのだ。ソフトカバー版『禁断の魔術』は将来の東野ファンにとって入手困難本=「キキメ」になるだろう。

禁断の魔術 ガリレオ8

禁断の魔術 ガリレオ8