西澤保彦「蓮華の花」

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「蓮華の花」販売ページへ(54ページ 税込み158円)
 日能(ひなせ)克久のもとに、高校時代の同級生・高柳から、同窓会への参加を求める電話が掛かってきたのは2月のことだった。正月には女性陣が出席できないため、お盆に開くことになったという。高校卒業以来20年、田舎には一度も帰っていない。日能は作家デビューして4年目、高柳はそんな彼を「有名人」として持ち上げてくれた。こっちではまだ無名なのに……高柳は「お前に会いたがっている女の子がいる」という。安岡、旧姓梅木万里子という名前を聞いて、日能には思い当たることがあった。確か梅木万里子はかなり前に亡くなっているはずではないか? しかし高柳は「生きている」というのだ――。
 8月。日能は妻の智子と一緒に帰省した。梅木万里子のことを智子にも話してみた。それは過去の体験から歪んだ記憶を作ってしまった、いわゆる「記憶の改竄」ではないか、と彼女は言った……同窓会では亡くなった男性一人を除いて全員出席していた。もちろん梅木万里子も元気だった。彼女といろいろ話しているうちに日能は、彼女が死んだという「記憶」は交通事故の新聞記事が元だったことを思い出した。それでもやはり何か釈然としない。日能がホテルに帰った時、万里子から連絡があった。自分ではないが、20年前に交通事故で亡くなった同窓生がいたと言うのだ。児玉美保という名前だった。日能は思い出していた。高校一年の春、田圃の畦道で児玉美保と話した記憶があった。彼女はその時、「蓮華の花」のエピソードを彼に話したのだった――。

 2004年に出版されたノンシリーズ短篇集『パズラー』にも収録された短篇。一見些細な話から、主人公も知らなかった「事件」の全貌が浮かび上がってくる構成だ。「死んだと思っていたはずの人が生きている」という謎の提示から、私は読みながら、ははーん、これは「記憶喪失系の叙述トリック」でも使う気だな、と思っていたのだが、その予想は大きく覆された。全く意外な展開を見せるのだ。作者の捻くれ具合が顕著に表れている一篇だ。中盤で語られる「蓮華の花」のエピソードはストーリーと関係なさそうに見えていたのに、ラストで突然大きな意味を帯びてくる。主人公のアイデンティティをも揺るがしてしまうのだ。そういう点で「怖い小説」であるとも言えるだろう。