芦辺拓『三百年の謎匣』

三百年の謎匣 (ハヤカワ・ミステリワールド)

三百年の謎匣 (ハヤカワ・ミステリワールド)

森江春策はある日、「遺言状を作成して欲しい」と玖珂沼老人の訪問を受けた。機密事項なので、と作成の場から排除されてしまった助手・新島ともかは喫茶店で時間を潰していた。折りしも都会の雪が、路面をほんの少し白くさせていたところに、用件を済ませた玖珂沼老人が外を歩いているのを見た。が、老人は袋小路の道に吸い込まれるように入っていく。不審に思ったともかが追ってみると、そこには玖珂沼老人の死体が。しかも雪の足跡は老人のものしかなかった。この不可解な事件を解き明かす鍵は、老人が森江に託けた謎の「書物」にあるようだ……。
と、いう事件をマクラにして、その「書物」に書かれている物語が語られ、そこから事件の謎か明かされる。しかもその物語が、時代も舞台も小説のタイプまで全く違う6つの話で、アラビアン・ナイト風東方奇譚、海洋活劇、東方見聞録風中華物語、「かの名探偵」が割り込むウエスタン、飛行船を舞台にした推理劇、とバラエティに富んでいる。見事に描き分けられたそれらの「物語」を楽しむのが本作のメインであるとも言える。それぞれの作品には(意図的に)謎が残されたまま、という趣向があり、それが結末に結びつく。だからそれぞれの短編はミステリ的にはやや消化不良に思える(それらも最後にはきちんと解明されるが、雑誌で読んだ読者は戸惑ったかも)ものの、「北京とパリにおける〜」のバカミス振りが最も面白い。現代の事件の謎も、全体のネタが壮大な割には、あれーそんな程度か、なトリックだったりもするが、「書物」のトリックで事件のトリックを語るという構成には唸らされた。