深谷忠記『審判』

審判

審判

1988年の11月、その二年前に発生した、当時8歳だった少女の誘拐殺人事件の判決が柏木喬に言い渡された。被告人を懲役十五年に処する。その瞬間、傍聴席から少女の母親・古畑聖子の絶叫が響いた。「死刑にしてください! 麗を殺した犯人を死刑にしてください!」「もし法律が死刑にできないのなら、私がします。麗を殺した犯人を私が死刑にします!」――2004年、村上宣之は、かつての上司・久留島の受勲を祝う会場にいた。村上たちは、R県警で、かの誘拐殺人事件を捜査した担当刑事たちだった。懐かしい元上司・元同僚が顔を合わせる中、あの男もこの会場に来ていた。事件の犯人、柏木喬だ。あの判決後、服役を経て釈放されていたのだ。何の目的か、柏木は村上を何度か監視するように近づいていた……古畑聖子は、別居中の夫からの電話で、柏木喬が自分の無実を主張するホームページを作っていることを知った――。
深谷忠記の小説を読むのは始めてである。どうも「乱歩賞次点作家」というイメージが先行してしまい、食指が動かなかったのだ。かつてはトリッキーなミステリや、時流に乗ったようなトラベルミステリーを書いていた印象があったが、本作は、物語性を重視しながらもトリッキーな構造で読ませる小説だった。誘拐事件の当事者たる母親、捜査した刑事、「犯人」とされた男の三人を軸に進むが、途中からプロットが意外な方向に、しかも大きく動くので驚かされる。多重どんでん返しと意外な落しどころ。なんだ結局××じゃんかよ、とも思ってしまうが、ラストに提示される「司法の問題」には考えさせられる。叙述上もアンフェアな記述は、恐らくないのだろう。綱渡りのような巧みな構成と、まるでルポルタージュのようにリアルな記述で読ませる傑作と言えるだろう。