北村薫『ニッポン硬貨の謎 ――エラリー・クイーン最後の事件――』

ニッポン硬貨の謎

ニッポン硬貨の謎

1993年、作家・北村薫は、東京創元社の戸川氏から英文タイプの原稿を渡された。北村薫が神と崇めるエラリー・クイーンの未訳長編だという。しかも舞台は日本。どうやらEQは、日本で連続殺人事件を解決していたらしいのだ……1977年、エラリーは日本の出版社の招きにより、日本にやって来た。この東洋の島国でもエラリーの小説は愛されているらしい。そんなエラリーに警視庁の田中という名の警視が挨拶に来た。かつてアメリカで父リチャードのお世話になったらしい。いつしか話は東京で起きている連続殺人の話題になった――大学のミス研に所属する小町奈々子は、バイト先の書店で奇妙な体験をした。男がレジにやって来て、五十円玉を二十枚出し、千円札に両替してくれ、というのだ。十円玉ならまだしも、五十円玉をそんなに持ち歩くものだろうか……奈々子はかのEQ氏を囲む会に出席し、本人の前で『シャム双子の謎』について持論を展開した。そんな奈々子に興味を覚えるエラリー。そして奈々子は、かの「謎の両替男」の話をエラリーに持ちかけてみた――。
若竹七海の実体験が元に盛り上がった「五十円玉二十枚の謎」をベースに、北村薫がEQのパスティーシュとして作ったのが本作。まさに、パスティーシュかくあるべし、の手本のような作品だ。いかにもエラリー(エラリイ、ではないのは創元だからだ)の書きそうな文章であり小説だ。日本文化への微妙な認識違いまでがリアルだ(なんせ、「タマカ・ヒエロ」と書くような人だからね)。しかも起こる事件は後期クイーンの世界そのもの! 前半の『シャム双子』論といい、後半の展開といい、北村薫自身が持つクイーン論の全てをこれ一作にぶちまけた作品と言えるだろう。瀬戸川猛資飯城勇三が註で登場したり、クイーンファンなら「これは」と思い当たるネタも満載だ(ところで大阪の書店でサインを貰う高校生は、ひょっとして有栖川有栖氏あたりを想定しているのだろうか?)。殺人事件の方が凄すぎて、五十円玉二十枚の謎の解明が霞んでしまった、いや、作品内に取り込まれてしまっただけで、若竹七海の実体験の謎解きには結局なっていないのが残念といえば残念。クイーンをあまり読んだことのない人、また「北村薫のファンだから」というだけで手に取った人には解り難い部分もあるかも知れない。だが作品としての完成度はかなり高い。「本格ミステリ大賞」の候補にもなるのではないか。個人的には、『シャム双子』と『緋文字』を読み返したくなった。