連城三紀彦『美女』

美女 (集英社文庫)

美女 (集英社文庫)

参りました。
1997年に発表された短篇集。連城のいつもの世界で、男女の恋模様を中心に描いた小説、なのだが、恋愛小説というよりは明らかにミステリだ。それも、とびきり上等の。
整形外科医の元に、美しい顔を醜く変えてくれという女性患者が現れる冒頭の短編「夜光の唇」からして、どんでん返しの切れ味が素晴らしいので感心していたら、これはほんの序の口だった。次の「喜劇女優」が凄すぎる。これについてはどう凄いかも書けないので、是非作品にあたって欲しい。それも、一度読んだだけでは分からないので、二度三度と読み返して連城の華麗なテクニックを堪能するべき作品だ(実は私は三度読んだが、いまだによく分かっていない。しかし、この趣向の素晴らしさだけはよく分かる)。
自らの死を目前にした女の告白「夜の肌」、マンションの奇妙な住人たちが繰り広げる出来事「他人たち」、男の前に突然現れた女は、夫の浮気の仕返しに、浮気相手を誘惑にやって来たと語った……「夜の右側」、アダルトビデオ男優の恋物語、と見せかけて……の「砂遊び」、妻殺しの容疑をかけられた夫は、移動に二時間かかるほど離れた場所で別の女を殺していた、という“アリバイ”を主張した……「夜の二乗」、一人の男をめぐる妻とその妹、そして居酒屋の女将の心理戦「美女」と、まあ見事なほど不倫だ浮気だ復讐だという話ばかり。だから読んでいると疲れてくるが、読み通せば素晴らしい騙しのテクニックに溢れた傑作群であることが分かる。とりわけ「夜の右側と「夜の二乗」の趣向は本当に凄い。これも実際に確認すべし。
こんなにも内容の濃い、優れたミステリ短篇集であるにも係わらず、この作品はミステリファンの間で知名度に欠けている。私もつい最近教えていただくまで存在自体知らなかった。実は原書房本格ミステリ・クロニクル300』に採り上げられているほどの作品なのだが、本格ミステリファン度調査によると、読了数の順位は300作品中なんと290位。実に勿体無いことだ。ミステリファンなら是非読んでいただきたい(この作品とは関係ないが、同じ連城の『人間動物園』も290位だというのも信じられない。絶対読むべし)。騙されたと思って「喜劇女優」を立ち読みでもいいから斜め読みして欲しい。“斜め読み”で構わない。その構造の素晴らしさに再読したくなるはずだからである。