石持浅海『セリヌンティウスの舟』

セリヌンティウスの舟 (カッパノベルス)

セリヌンティウスの舟 (カッパノベルス)

美月が自殺した。遺された僕たち5人は、美月の納骨式のあとにまた集まった。彼女を追悼するためだ。あの時、六人のメンバーはダイビングの最中に荒海に捕まり、遭難した。僕たちを救ったのは、お互いの信頼関係だった。この事件以来、六人の繋がりは強固なものになった――そして、美月は青酸カリを自ら飲んだ。警察も自殺だと判断したし、それは疑いないところだった。が、ある写真に僕たちは疑問を抱く。美月が飲んだ青酸カリの瓶のキャップが締められていたのだ。自殺する者が、自分が飲んだ後の瓶の処理まで気を配るものだろうか? この事実は、美月の死に「協力者」がいたことを意味するのではないか。しかし、これだけ堅い信頼関係で結ばれているメンバーに、その絆を引き裂くようなことをする者がいるだろうか? それとも美月が、メンバーの仲を裂くためにあえてキャップを締めて死んだのか? 死んだ者と遺された者たち、一体どちらを信じればいいのか?
セリヌンティウスは、太宰の『走れメロス』でメロスを信じて待つ友人の名前だ。この名前がこの作品を象徴している。「論理による謎解き」と「仲間の信頼関係」との間で苦悩する主人公たちの話。「青酸カリの瓶のキャップが締まっていたのは何故か」「瓶が転がっていたのは何故か」たったこれだけの謎で、物語を成立させているその手腕には恐れ入るばかりだ。一つ一つの仮説を丁寧に吟味して可能性を絞っていく、ガチガチの本格魂に酔いしれながら読み進めることになる。ただ、それはメンバー以外にとってはどうでもいいような謎だし、もしかするとそんな計算など全くなかったかも知れないことを延々と考察し続けていることに飽きるのも事実。それと、ラストまで来ると動機面で説得力に欠けるのが惜しい(そもそも美月が死ぬ動機からしてあまり納得出来ない)。それでも、これは是非多くの人に読んで欲しい作品だ。本格ミステリの新たな可能性が秘められているような気がするからだ。石持浅海は今後の本格ミステリ界をリードする作家の一人になるだろう。もう間違いない。