志水辰夫『飢えて狼』

飢えて狼 (新潮文庫)

飢えて狼 (新潮文庫)

(再読)
相模湾で小さなマリーナを経営するわたしのもとに二人の男が訪問した時から、全てが狂い始めた。かつてクライマーだったわたしに、ある山に登って欲しいという。登山中に友人を亡くしたことをきっかけに山登りを止めたわたしはその申し出を無視したが、何者かがわたしを襲うかのような事件が相次いだ。ボートに乗っていて不審船の襲撃を受け、マリーナは放火に遭って従業員を失った。訪問した男に会ったわたしは、北方領土択捉島に登ってくれと持ちかけられた……。
何かに巻き込まれていく第一部、北方領土の孤独な逃亡行の第二部、死の淵から蘇り、真相究明に動く第三部。かつて読んだ頃は、北方領土なんて全く見たこともない未開の地で、その描写が空恐ろしく感じられたものだ(もちろん現在でも状況はさほど変わっていないのだが)。その冒険部分は今読んでも素晴らしい、手に汗握る展開だ。第一部はやや派手な感じがするが、読み応えは充分だ。再読するにあたって第三部の印象がちょっと薄かったのだが、ここも力が入った。とりわけ真相を聞かされた時の脱力感。二大国の争いに、一般人が巻き込まれただけだったのだ。あんなに超絶な体験をして結果がこれなのかよ、と読む方まで主人公の心理と重なって、萎えてしまった。だが解説でも書かれているように、拉致事件が明るみになっている現在では、絵空事とも思えない。そして「志水節」と当時から絶賛されていた人物造形と文章もまた素晴らしい。第一部で殺された従業員の父親、第二部の択捉島のガイド蛭間、そして第三部の順子など、その描写と台詞に酔いしれる。この物語をたった4文字で凝縮して見せた『飢えて狼』というタイトルはそれだけで大傑作である。
今回読み返すために新潮文庫版を買ったのだが、個人的には講談社文庫版の方が表紙イラストは良かったと思う。
飢えて狼 (講談社文庫)

飢えて狼 (講談社文庫)

講談社文庫版は品切れだが、アマゾンのマーケットプレイスだと1円で買えるらしい。