朱川湊人『わくらば日記』

わくらば日記

わくらば日記

私の幼少の頃の思い出といえば、お姉さまと奇妙な煙突でした。千住の町にニョキニョキと4本立っていた煙突は見る場所によって3本にも2本にも、時には1本に見える不思議なものでした。わたしの家は貧しかったのですが、絶対に品をなくしてはいけない、というお母さまの言葉に従い、わたしはそれぞれ「お姉さま」「お母さま」と呼んでいました。「お父さま」には時々しか会えませんでした……お姉さまには特殊な力がありました。ある人を見ると、その人が最近見たものが見えるのです。「千里眼」でした。わたしとお姉さまは、その力で、いくつかの奇妙な事件に関わりました――お姉さまが亡くなって、もう30年以上の月日が経ってしまいました……。
直木賞作家となった朱川湊人の、いつものノスタルジー路線を全面に押し出した連作短篇集。雑誌「野性時代」に掲載された作品集で、全て直木賞を受賞する前に書かれたものだ。今回はホラー的な要素はあまりなく、お姉さまの特殊能力で事件の謎を解明する、ありがちな超能力探偵ものだ。だが、千里眼で当事者の過去を見たお姉さまは、その闇の一面を見たショックからダメージを受けてしまう。意外性に富んでいるわけでもないし、超能力を使ってしまうので(もちろんそれだけではないのだが)どの作品もミステリとしては物足りない。しかし根底にあるのは、犯罪者も決して「ただの悪人」ではない、ということだ。誰もがそれぞれに事情を抱えていて、その悲しさを浮き彫りにしている。「春の悪魔」の真相などは、ちょっとグッと来る。ノスタルジーな空気の演出は相変わらず上手いが、そろそろ違った一面も見せて欲しい。このシリーズはまだ続きがあるようなので(「お姉さまの死」まで続くはずだ)、続編も楽しみにしたい。