エラリー・クイーン『間違いの悲劇』

間違いの悲劇 (創元推理文庫)

間違いの悲劇 (創元推理文庫)

かつて大女優だったモーナは、引退後財テクにも成功し、今や「エルシノア城」と称される大邸宅に隠居していた。若いが売れない俳優バックが事実上同棲し、使用人が何人もいた。ある日、モーナは謎の死を遂げていた。こめかみに銃痕があり、拳銃が転がっていた。たまたまハリウッドでシェークスピア「オセロー」を現代探偵小説風にした脚本を執筆中だったエラリーが現場に向かった。バックがモーナに対して殺意を持って首を絞めていた場面が目撃されていたこと、遺産相続を目論んでいたらしいことなどから、バックが逮捕され、告発された。ところが裁判中にエラリーは、本に挟まっていたモーナの遺書を発見する。モーナは6年前にも自殺を試みたことがあった。この事件は自殺だった……かくしてバックは釈放された。一度無罪になった者は、同じ事件で再び罪に問われることはない。それを確認したバックは高らかに宣言する。モーナを殺したのは自分だと。そしてモーナの最新の遺言状が公開された。「全財産は、わたしを殺した人物に与える」――バック勝利の瞬間だった。だが、ここからが事件の本当の始まりなのだ……。
エラリー・クイーン(ハヤカワでは「エラリイ」だが、ここは創元の表記に合わせる)が『心地よく秘密めいた場所』の次に発表する予定だった作品の、ダネイによる「概要」を中心とした作品集。上のあらすじはもちろんその概要「間違いの悲劇」のものだが、これは是非とも完成された小説の形で読みたかった、と思わせるほど面白いものである。何度も訪れる衝撃の事件(概要では「デッドエンド」と表現される)、解決編での多重どんでん返し。作中に一瞬「ライツヴィル」という地名が登場するが、まさにライツヴィル・シリーズ時代を思わせる深いテーマを含んだ作品である。概要の段階でこんなに面白いものを書いていたことも恐れ入るしかない。さすがはエラリー・クイーンである。
他の単行本未収録作品も、EQらしい面白さはあるが(ダイイングメッセージものなど)、全体的には弱い。「パズル・クラブ」はどれも本当にただのパズルだし、「オーストラリアから来たおじさん」に至っては一瞬でネタがバレバレだ。「動機」の動機設定はなるほどと思った。
なお巻末の有栖川有栖氏のエッセイにて、「間違いの悲劇」は日本で小説化する計画があったらしく、有栖川氏に声がかかり、さらに綾辻氏にも協力を依頼していたというエピソードが明かされている。結局は著作権関係で折り合いがつかず、計画そのものが中止されたそうだが、それは勿体無いというか、見てみたかった気がする。