ディック・フランシス『大穴』

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

かつて障害レースでその名を轟かせた騎手シッド・ハレーは、2年前の腕の負傷で騎手を引退し、探偵社で働いていた。が、ある事件の調査中にアンドリュースという男に脇腹を撃たれてしまった。その療養中に、彼も走ったことのある障害競馬場シーベリィに「乗っ取り工作」の動きがあることを知る。しかもアンドリュースは何者かによって、その残骸がほとんど残らない状態で殺されていたのだ。競馬場を守ろうとするハレーの前に次々と立ちはだかる妨害・脅迫、そして……。
名作再読のつもりで読んでいたのだが、読んでないことが読書中に判明してしまった(『利腕』は既読だが)。単発ものが多いフランシスの競馬シリーズの中で、珍しく主人公がシリーズ化した作品だ(後に『利腕』『敵手』と続く)。競馬場を舞台にした乗っ取り工作に立ち向かうハレー、という構造は実に単純なものだが、次々とハレーを襲う危機には、読みながら手に汗握る。左腕が負傷していてほとんど使い物にならない、というのが実は重要な点で、この腕が……の展開は凄い。そしてこれが次作『利腕』への伏線にもなるのだ。「乗っ取り工作」も、現在の日本でも頻繁にあるように、決して古臭い題材ではないので身近に感じられるだろう。そして(これが最も大事な点だ)、シッド・ハレーの活躍が実にカッコいい。これほどまでに骨太な冒険ハードボイルドは、最近すっかり見られなくなってしまった。彼をバックアップする脇役たちも忘れられないキャラが多い。競馬に詳しくない方にも、単純に物語を楽しんでもらえる作品だろう。