島田荘司『帝都衛星軌道』

帝都衛星軌道

帝都衛星軌道

それは不可解な誘拐事件だった。ごく普通のサラリーマン一家の紺野貞三・美砂子夫妻の息子・裕司が誘拐されたのだが、その身代金はわずか15万円。犯人はそれを美砂子に持たせたまま、山手線の電車に乗せて一周させた。さらにタクシーで別の目的地に向かわせたが、犯人と美砂子の間で何らかのやり取りがあった後、息子は無事に解放され、身代金も帰ってきた。犯人にとって全く何のメリットもない誘拐事件に警察は首を捻ったが、その直後、美砂子が貞三に離婚話を持ちかけたまま失踪してしまったのだ。この謎の行動は誘拐事件とどんな関係があったのか?――ホームレスの平栗は、病院で乱闘死したという事件の被害者の名前・郡司純一という名前に思い当たる節があった。あれは何十年前だったか、平栗にとって忘れられない体験をさせてくれたのが郡司だったのだ――。
島田荘司自らが「自信作」と言い切る作品は、表題となっている誘拐事件を前編・後編として、合間に別の中篇「ジャングルの虫たち」を挟み込んだ構成になっている。その意図は分からなくはないが、関連性がさほど高いわけでもなく(クライマックスで展開される都市論の一端が垣間見える程度のもの)、別にこういう構成にしなくてもいいのではないかと感じた。そこに目をつぶれば、いかにも島田荘司らしい作品だ。彼の普段からの主張が凝縮されているように感じるし、冒頭の奇想的なストーリーを論理的に解決させる手腕も相変わらずだ。ただ、最後に明かされているわずか一冊の〈参考文献〉に拠りかかった部分がかなり多そうで、そこから触発されただけではないかと思ってしまう。そのわずか一冊からこれだけの話を作ってしまうところが、島田荘司島田荘司たる所以なのだが。さながら現代版『火刑都市』ではなかろうか。