大倉崇裕「エジプト人がやってきた」

前回から一年以上間を空けておりました、申し訳ありません。久しぶりのe-NOVELSモニターです。
大倉崇裕エジプト人がやってきた」 35ページ 110円(税込み)
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その凄惨な殺人事件はまず中野区で起こった。28歳の男性が部屋でナイフでめった刺しにされており、血が部屋じゅうに飛び散っていた。戸棚には様々な服があるが、押入れはがらくたの山だった。そして目に入ったのは壁に書かれた血文字のようなもの。それはアラビア語だった。「われわれはここに罰を下す。エジプトからの呪いをこめて」と書かれているらしいのだが……犯人の手がかりも動機も全く浮かばず、難航する捜査本部をよそに、第二の事件は起こった。静岡で、全く同じ状況の殺人が行われていたのだ。今度の被害者は35歳の女性、やはりアラビア語の血文字が残されていたのだ。二人の被害者の間には共通項が全く見つからなかったが、彼女の押入れからも、がらくたの山が出てきた。そして衣装戸棚には、同じロゴのジャンパーが。それらは全て、懸賞の商品だった。被害者の共通点は「懸賞マニア」だということが判明したのだが……。


大倉崇裕が「ツール&ストール」で小説推理新人賞を受賞してデビューする前、鮎川哲也編集の『本格推理10』に採用された、事実上の大倉崇裕デビュー作が、念願の「e-NOVELS」での販売開始となった。
二つの事件を結ぶのは「懸賞マニア」ということのみ。壁にアラビア語の血文字が残されるという奇想。本当にエジプト人がやってきたのか、それとも……真相を知った読者は爆笑必至だが、同時に「なるほど」と膝を叩くことだろう。「ありえない設定」に輪をかけた「ありえない真相」であり、バカミス紙一重な話だが、本格テイストに溢れているので感心してしまうのだ。
そしてこの短編には本筋以外でも二つ注目点がある。一つは「懸賞マニア」を登場させていること。中盤でも、事件を捜査している警視が必死になって懸賞に応募する姿がコミカルに描かれているが、警視や被害者の姿はまさに「オタク」的性格である。大倉崇裕の代表作の一つ『無法地帯』などで描かれているオタク世界の一端をうかがい知ることが出来るのだ。そしてもう一つはラストの会話。事件が解決したあとのオマケのようなやり取りだが、なんとなく、落語の「サゲ」を思わせるような軽妙さが感じられる。著者が落語好きで、『三人目の幽霊』などのシリーズがあることを連想せずはいられないではないか。この「幻のデビュー作」に、早くも大倉崇裕の世界が存分に描かれていたのである。


……などと、少し真面目に書いてみたが、実はこの短編に屁理屈は不要なのだ。私は大倉作品の中でも、この短編に強い愛着を持っている。『川ミス』企画のお薦め作品紹介の時でも、これを採り上げて「e-NOVELS」での販売を熱望していたのだ。そして今、それは現実のものとなった。私は嬉しくて仕方がないのである。みんな、何も言わずに買って読んで欲しい。そして驚いて、笑って欲しいのだ。