山田風太郎『山田風太郎明治小説全集12 明治バベルの塔』
明治バベルの塔―山田風太郎明治小説全集〈12〉 (ちくま文庫)
- 作者: 山田風太郎
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1997/10/01
- メディア: 文庫
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気晴らしに読み始めて、驚いた。実は『明治バベルの塔』は文春文庫版で読んでいるので再読になるのだが、やっと素晴らしさに気付かされた感じ。一編ずつ紹介したい。脱・感想系サイト宣言をやったばかりなのにいきなり長文になってしまうが、これはどうしても薦めたい傑作なので。
・「明治バベルの塔」
「万朝報」の黒岩涙香が主人公。ライバル新聞「二六新報」がめちゃくちゃ安い値段で売り出したものだから部数が落ち始め、部数を増やすために考え出したのが「懸賞暗号」という趣向。その暗号パートが一応本編のメインなのだが、そこに、かの足尾銅山鉱毒事件の田中正造がやってきて「天皇陛下(明治天皇)に実情を訴えるから直訴状を書いてくれ」と相談を持ちかけられる展開が絡み、さらに幸徳秋水、内村鑑三、中江兆民らが登場して、史実を踏襲しながらも、どこからがフィクションなのか分からないストーリーになる。ラストで田中正造は本当に明治天皇に直訴する(史実)。直訴状を代筆したのは、幸徳秋水であった。暗号もあっと驚く真相が待ち受けている。
「万朝報」は懲悪主義で暴露記事をメインにしていたが、部数が伸びたきっかけは黒岩涙香による翻訳連載である。そう、あの「巌窟王」「鉄仮面」「幽霊塔」などだ。さらに連珠、トランプ、カルタなどの遊戯や、大相撲なども記事にしたのが特徴で、現在の紙面構成の元を作った人なのだということも分かる。
・「牢屋の坊っちゃん」
李鴻章暗殺未遂犯・小山六之助の釧路と網走における獄中生活を描いた作品だが、キャラがまるで漱石の「坊っちゃん」と同じだからと、文体を漱石のパロディにしているのだ。それだけならまだしも、この小山六之助と夏目金之助を神戸ですれ違えさせていて、「坊っちゃん」の文章をそのまま抜き出したところから物語を始めるあたりが小憎らしい趣向だ。
・「いろは大王の火葬場」
牛鍋チェーン店を経営し、「いろは大王」と呼ばれた木村荘平が開発した新式の火葬場の宣伝役になる「第一号火葬者」を探して奔走する話。候補として挙がるのがラフカディオ・ハーン、野口寧斎、小村寿太郎など。しかしことごとく失敗し、最終的に第一号となるのは木村荘平自身だった、というオチになる。
脇役にも幸田露伴、与謝野鉄幹、北原白秋、岸田劉生などが登場する。もうまったく、どこまでが史実なんだか。
・「四分割秋水伝」
同じ話(大逆事件)を、一人の主人公の四つの視点(上半身、下半身、背中、大脳旧皮質)で描くという趣向だが、完全な描き分けにはなっていないような気がする。四つの短編ではちょい劣るか。
風太郎はこの趣向をシリーズ化したかったらしい。
・「明治暗黒星」
剣豪・伊庭八郎の弟・伊庭想太郎の視点で、伊庭家に出入りしていた左官屋の息子から政治家へ出世していった浜吉・のちの星亨の生涯を描いた作品。星亨の世渡りの上手さに対して、全く勝ち目のない想太郎。かつては見下していた男なのに……
あの酔っぱらいの無責任おやじ、あの台所で食を乞うていた幽霊のような母親のあいだに生まれた男、彼自身塵箱の腐れ魚をあさるような育ち方をした男、それが官吏となったことさえ奇怪なのに、官吏となってもなお遊里で乱暴のかぎりをつくし、車夫巡査となぐり合いをするような男が、なんと衆議院議長となり、アメリカ駐在全権公使になるとは?
(336ページ)
ついには想太郎が星亨を殺すことになる(史実)。
そしてラスト1ページで、星亨の友人から、意外な事実が一つだけ明かされる。おお、なんということだ。
いやあ、気分転換に何気に読んだ本がこんなにも素晴らしい読書体験となろうとは。
最近、本に付箋を貼りながら読むのが習慣なのですが、こんな感じになりました。
もし書店に残っていたら迷わず買うべし!