金城一紀『映画篇』

映画篇

映画篇

映画の話題を散りばめながら、友情やら情熱やら家族愛やら、本来なら恥ずかしくなるようなテーマを圧倒的筆力でエンタテインメントとして仕上げてくれる傑作短編集。区民会館で「ローマの休日」が上映されていたり、レンタルビデオ店のバイトのお兄さんが登場したりと、舞台と時期が同じだということが読み進めるうちに分かってくるが、最後の「愛の泉」が実は「ローマの休日」をおばあちゃんに見せるために奔走する話になっている。感動的な展開と、みんながズッコケるオチ。ええなあ。
一番印象的な文章を引用しよう。

映画館の暗闇の中では、僕たちは在日朝鮮人でも在日韓国人でも日本人でもアメリカ人でもなくなって、違う人間になれるんだ。つまりさ、それはこういうことだよ。明かりが落ちていく時の、今回はどんなお話を見れるんだろう、今回はどんな登場人物に会えるんだろう、っていう期待は俺たちの頭や体の中でどんどんと大きく膨らんでいって、完全に明かりが消えた時にはとうとう弾けちまうんだ。その時、俺たちっていう人間も一緒に弾けていなくなって、暗闇そのものになるんだよ。そしたら、あとはスクリーンに放たれる光と同化すればいい。そうすれば、俺たちはスクリーンの中で動きまわる登場人物になれる。クソみたいな現実からほんの少しのあいだだけでも逃げられる。
(28ページ「太陽がいっぱい」より)