中川右介『巨匠(マエストロ)たちのラストコンサート』

巨匠たちのラストコンサート (文春新書)

巨匠たちのラストコンサート (文春新書)

あとがき(おわりに)で、こんなことが書かれている。

知る限りにおいて、その後カムバックしないということも含めた上での完璧なファイナルコンサートは、二つしかない。どちらも、テレビではあったが、リアルタイムで見た。
1978年4月4日の後楽園球場でのキャンディーズと、1980年10月5日の日本武道館での山口百恵である。老人と違って、若い女性たちは潔いのだ。未練がない。

この経験から「ラストコンサート」に惹かれていたという著者による、クラシック界の巨匠たちの最後のコンサートを紙上で再現した一冊。トスカニーニ、バーンスタテン、グールド、フルトヴェングラーリパッティカラヤン、カラス、クライバーロストロポーヴィチの物語が描かれている。
中川氏の筆は相変わらずドラマティックであり、まさにその場にいるような感覚に囚われる。それぞれのエピソードに印象的な部分があるが、引用するときりがないので、止めておこう。ひとつだけ、カラヤンが去った後を象徴した、以下の文章を紹介しておく。167ページだ。

カラヤンの死から四ヵ月後、ベルリンの壁が崩壊した。カラヤンベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニー・ホールは、当初はベルリン市の中心に位置すべく場所が選ばれ、建設が始まった。しかし、1963年10月に完成したときには、すでにベルリンの壁ができていたため、その場所は「西ベルリンの端」になってしまっていた。それが、ようやく、「ベルリンの中心」になったとき、カラヤンはベルリンとは関係のない人であり、この世の人でもなかった。