よしだまさし『姿三四郎と富田常雄』

姿三四郎と富田常雄

姿三四郎と富田常雄

富田常雄という作家を知っている人は現在ほとんどいないのではないだろうか。だが代表作『姿三四郎』だけは超メジャーだ。黒澤明が自らの第一回監督作品として作り、その後も何度も映画化、ドラマ化、漫画家された作品だ。しかし『姿三四郎』の「小説」を読んだ人は、一体どのくらいいるのだろうか。現在ではすっかり「忘れ去られた作家」の富田常雄は、戦後初の直木賞を受賞し、20年以上にわたって新聞連載小説を書き続けた国民的人気作家だった。ところで、本書の著者・よしだまさしは、古本コレクター界では有名人だ。とりわけ、古本屋の外に展開されていたりする「100円均一」「3冊で200円均一」などといったワゴンから、古本的価値の高い本を探し当てる才能に長けており、「均一棚の魔術師」の異名を持っている。そんな彼がある日、通勤の友にたまたま手にしたのが積読状態の『姿三四郎』、そのあまりの面白さに感動し、それから富田の小説と生涯を追い求める日々が始まった。
上のように、よしださんは本当に些細なきっかけから、「富田常雄道」を究めてしまった。その成果が本書である。私も富田常雄という作家の名前を全く知らず、『姿三四郎』も読んだことがなかったのだが、これを読むと俄然読みたくなる。『姿三四郎』は映画やドラマ、漫画で描かれただけの話ではない、その前も後も、奇想天外な物語が延々と続いているのだ! そして『姿三四郎』が書かれた当時の状況が手に取るように伝わってくる。戦争の真っ只中にあった日本で、「情報局に褒められるような健全な国民文学を」という注文で誕生した『姿三四郎』が、いかに評判になり、大衆の心を掴んだかがよく分かる。原稿を取りに来た編集者たちの間でも話題になり、「三四郎の夢を見る」編集者までいたという。紙不足の状態にありながら、『姿三四郎』だけは特配に次ぐ特配でどんどん版を重ねたという。まさに国民的作家になったのだ。黒澤明のエピソードもすごい。黒澤は『姿三四郎』の新聞広告を見ただけで「自分の第一回監督作品はこれだ」と確信、ついに実現したという。天才ならではの勘というやつだろうか。
姿三四郎』の話を中心に、富田常雄の生涯をここまで丁寧に纏め上げたのには恐れ入ってしまう。そして文章がまた巧いのだ。とてもデビュー作とは思えない。サイトの購書日記の引用もあるのでサイトの日記に親しんでいる人も楽しめるだろう。姿三四郎富田常雄も全然知らないよ、という人にもお薦めしたい。少なくとも『姿三四郎』は読みたくなるに違いないからだ。