袋とじを破るドキドキをあなたに……古今東西「袋とじ小説」

「袋とじ」という言葉には、なんだか淫靡な響きがありますね。「あの○○のヘアヌード!」みたいな週刊誌の袋とじページを破る時、丁寧に切りたいけどカッターなどが手元になければ、思わず指をカッター代わりにして切って(破って)しまう。男性なら一度は経験があることでしょう。


しかしここで紹介したいのは、(残念ながら)そういうのではないです。小説の結末などを隠してしまい、立ち読みさせない、読みたかったら買え、と言わんばかりの「袋とじ小説」です。あれもまた、なんとも言えないワクワク感があります。主にミステリで、解決編の前で袋とじになっているケースが多いのですが、そこで一旦立ち止まって、推理する時間を与えてくれるのです。
私がミステリを読んでいても、一番好きな趣向は「読者への挑戦」と、「袋とじ」ですね。作者から読者へ突き付けられた壁、という感じがいいんですよね。


そんな「袋とじ」小説で、近年話題になった作品がありました。泡坂妻夫『生者と死者』(新潮文庫です。

生者と死者―酩探偵ヨギガンジーの透視術 (新潮文庫)

生者と死者―酩探偵ヨギガンジーの透視術 (新潮文庫)


「ヨギ ガンジー」シリーズの一作として、1994年に刊行された新潮文庫オリジナル作品。2014年、このシリーズの前作にあたる『しあわせの書』を、NHKラジオ深夜便益子直美さんが紹介されたことがきっかけで書店で売れ、その流れにのって、技術的に重版が難しいので重版不可能、と言われていた『生者と死者』も重版されました。
この本、文章では説明しにくいのですが、パッと見は製本ミスのまま出荷された本のように見えるんですよね。16ページの束ごとに裁断されてないままの状態で本になってて、そのままの状態で読む(つまり、16ページおきに2ページずつ読む形)と、短編小説として読め、その後、その袋とじを破りながら読むと、長編小説になっているという、空前絶後の仕掛けがあるのです。今の段組み以外ではできないし、電子書籍化もできません。翻訳も絶対に不可能(まあ、柳瀬尚紀さんのような天才が海外にいれば、あるいは可能かもしれませんが……)、という作品です。
関連解説ページ:http://matome.naver.jp/odai/2139211152418871401


袋とじといえばもう一つ超有名作品があります。ビル・S・バリンジャー『歯と爪』(創元推理文庫です。

歯と爪【新版】 (創元推理文庫)

歯と爪【新版】 (創元推理文庫)


結末部分(本全体の5分の1くらい?)が完全に封がされていて、「ここで未開封のまま読むのを止めることができるなら、本代を返金します」という趣旨の注意書きがしてあります。本国版の趣向を東京創元社がそのまま取り入れたものですが、本当に返金に応じてくれるらしいです。実際に返金してもらった人も、いるとかいないとか……。なお、書店では返金には応じておりません。東京創元社へ持参(または郵送)してください。
バリンジャーはもともとこの趣向が好きなようで、本国版では『消された時間』なども結末部分が袋とじになっていたそうです。


あと日本で有名な作品では、島田荘司占星術殺人事件。現在では袋とじにはなっていませんが、一番最初に出たソフトカバー版では、「読者への挑戦」の箇所から袋とじになっていました。今でこそ島田さんはミステリ界のレジェンドですが、当時は右も左もわからない新人作家の、しかもデビュー作、それも乱歩賞に落ちた作品ですよ。そんな作品をよくも「袋とじ」で出そうと決断したものだと思います。


ここからは、袋とじのユニークなパターンをいくつか紹介します。


折原一『倒錯の帰結』(講談社文庫)

倒錯の帰結 (講談社文庫)

倒錯の帰結 (講談社文庫)

折原さんの初期叙述ミステリ「倒錯」シリーズの最終作。表側『首吊り島』と裏側『監禁者』のふたつの物語が真ん中で交錯するという趣向で、本の「真ん中」が袋とじになっています。折原さんには同じような趣向の『黒い森』(祥伝社文庫という作品もあります。


東野圭吾どちらかが彼女を殺した』(講談社文庫)

どちらかが彼女を殺した (講談社文庫)

どちらかが彼女を殺した (講談社文庫)

国民的作家、東野さんの実験作のひとつ。事件の容疑者は二人ですが、なんとラストまで読んでも、真犯人の名前が明示されておらず、どっちが犯人かは読者が推理しなければならない、というものでした。初刊時(講談社ノベルス)では本当にそのまま、読者を放置した状態でしたが、さすがに文庫では文庫解説でヒントが書かれています。ただ、それを先に読んでしまってはいけないので、「解説が袋とじ」になっているという変わり種です。なお、東野さんはこのパターンを進化させた私が彼を殺したという作品もあり、こちらも同様に解説が袋とじになっています。



はやみねかおる『「ミステリーの館」へ、ようこそ』(講談社青い鳥文庫

大人の鑑賞にも耐えうるジュニアミステリとして有名な、夢水清志郎シリーズの一冊。袋とじの趣向をやってみたかったはやみねさんが満を持して放った作品ですが、これがすごいのは、袋とじの中にもうひとつ袋とじがある、二重の袋とじになっていることです。


筒井康隆残像に口紅を』(中央公論新社

残像に口紅を (中公文庫)

残像に口紅を (中公文庫)

これはミステリではありませんが、ぜひ紹介したい作品。
これも『占星術殺人事件』同様、現在の文庫版では袋とじの面影はありませんが、元版のハードカバーでは、第三部にあたる部分が袋とじになっていました。世界から活字が一文字づつ消えていく世界の物語で、使える字数がどんどん減っていき、最後はどうなるのか……というところが袋とじになっていたわけです。


最後に紹介したいのは、小説ではない?のですが、究極の袋とじ作品、アレイスター・クロウリーの『法の書』(国書刊行会

法の書

法の書

本文全てが袋とじになっていて、「開封して天変地異が起こっても知らないよ」的な但し書きがあります。なので、私も読んだことがありません。なお、『法の書』のWikipedia解説によると、この袋とじは日本版のみのギミックらしいです。


袋とじ作品、いろいろ探せばまだまだたくさんありますよ。ぜひ書店でみつけてみてください。それにほら、図書館本だとまず未開封のはずがないし、電子書籍に袋とじなんてないですからね!