島田荘司の御手洗潔シリーズの原点、ホームズパスティーシュの傑作『新しい十五匹のネズミのフライ』

島田荘司さんの最新刊、『新しい十五匹のネズミのフライ』(新潮社)を読みました。


あの島田さんがシャーロック・ホームズパスティース(贋作)に挑戦した作品です。語り手はもちろん、ジョン・H・ワトソン博士です。

本作で語られるのは、あの「赤毛組合」(「赤毛連盟」とも)事件です。ホームズものは長編短編合わせて60作ありますが、その中でも群を抜いてメジャーな作品でしょう。実は本書には、その「赤毛組合」の事件がまるまる収録されています。いわば、島田荘司訳の「赤毛組合」というわけですね。ホームズの推理で見事解決……したかに見えた事件ですが、実はそこからが本作のメインイベント。あの事件には続きがあった、あれは壮大な陰謀の始まりに過ぎなかったのだ……という話です。わくわくするじゃあ、ありませんか。後半のキーワードになるのが、タイトルにもなった「新しい十五匹のネズミのフライ」という謎の言葉です。その秘密は、本を詠んで確かめてみてください(ただ、そこまで引っ張るほどの謎かなあ、とは思いましたけどねw)。


本書の最大の魅力は、ホームズのパロディネタの数々でしょう。島田さんは熱心なシャーロッキアンとしても知られています。ほら、御手洗潔シリーズなんて、まさしくホームズっぽいじゃないですか。石岡和己という助手がいる点、事務所に依頼人が訪ねてくるところから始まるくだりなど、もうまんまですよね。


だからホームズ描写も最高で、一般的に知られる推理の天才像よりも、より人間性を重視した感じになってます。ホームズがコカインの常習者だったことは有名な設定ですが、コカインのやりすぎで幻覚を見たり精神に異常をきたし、入院するエピソードもあります。そこで出会う先生の名前がモリアーティ。そう、ホームズの最大のライバルの元ネタはここにあったのですw その時のホームズの様子を元にワトソン博士が創作した小説が「這う人」だった、という話になっています。さらに「まだらのひも」が生まれるきっかけになったエピソードも登場します。様々なホームズ周辺ネタが満載で、「赤毛組合」の事件のその後の真相が描かれ、「新しい十五匹のネズミのフライ」の謎まで織り込まれて、さらにはワトソン博士のラブロマンスまで入っている。一気に読み終えるころには、もうお腹いっぱいになっていることでしょう。


実は島田さんが書いたホームズのパスティーシュは本書が最初ではありません。その昔、漱石と倫敦ミイラ殺人事件』という長編を発表しています。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)


これもまた傑作でした。夏目漱石がロンドンに留学していた時に起こった奇怪な事件(男が一夜にしてミイラになる事件)に遭遇し、ベイカー街のホームズと一緒に事件解決にあたる、という話です。ホームズ周辺のネタもさることながら、夏目漱石から見たホームズの姿が面白おかしく描かれているのがポイントです。ロンドンの街にやたら背の高いお婆さんが歩いていて、どう見てもホームズの変装なのに、すれ違う人たちは見て見ぬふりをしている。そのホームズに声を掛けられた漱石は「いやあ、まったく気付きませんでしたよ」と相手を立てたリアクションをする、というくだりが最高でした。
なお、この『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』、残念ながら現在は品切れ。復刊を期待したいところです。


余談ですが、「ホームズと漱石が出会っていた」という設定の話には先例があります。山田風太郎の短編「黄色い下宿人」(光文社の風太郎ミステリー傑作選『眼中の悪魔』などに収録)です。こちらも興味があれば、ぜひどうぞ。

眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫)

眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫)